雑記

反出生主義者と出生主義者の議論について思うこと

こんにちは。

冬野(@mahuyu_0501)です。

以前書いた反出生主義者についての記事が若干伸びているため、またそれ系の記事を書こうと思います。

出生主義者のよくある言い分

人生の最大の目的は子孫を残すことである

出生主義者の人は人生の最大の目的は子孫を残し自分の家系を途絶えさせないことだと主張することが多い。

 

つまり自分の子孫を残すことが最大の目的である出生主義者からしたら自分の子孫を残さないと言っている反出生主義者はゴミにしか見えないし、そんな考え方が広まってしまうことはなんとしてでも避けたいと思うのだろう。

反出生主義者が増えると人類が絶望してしまう

反出生主義者は絶対に自分の子孫を残そうとしないため、世の中が反出生主義者ばかりになってしまうと、そのうち人類が滅亡してしまう。

このことを意地でも阻止したい出生主義者たちはみな、口をそろえて「子供を作ろう!」「子供を産むことが女の幸せだ!」「子育ては大変だけどやりがいがある!」と言う。

 

個人的には最近の日本では反出生主義寄りの思想を持っている人が増えている傾向にあると感じるが、それでもまだ出生主義者の方が数が多いため、人類滅亡の心配はあまりなさそうだと思う。

少子化のことを考えたら子供を産みまくるべき

出生主義者は少子化を恐れている。

少子化が進むと老人ばかりになってしまい、老人を支える若者がどんどん減っていくため自分たちが年老いたときに面倒を見てくれる若者がいなくなるからだ。

こういった悲劇を招かないためにも出生主義者は一人でも多く子供を産むことが日本にとって正解なんだと思い込んでいる。

反出生主義者のよくある言い分

どんな不幸も生まれなければ起こり得ない

反出生主義者は人生で起きるすべての不幸や苦しみは生まれなければ発生しないものだと言う結論にたどり着いている。

 

そのため反出生主義者の思想としては生まれなければすべて解決するため人は人を産むべきでないというものが多い。

 

このことに関しては出生主義者がよく「生まれてこなければ幸せも感じられないぞ」と反論するが、反出生主義者はこれに対して「生まれなければこの世で幸せになりたいとも思わないからなんの問題もない」と主張しているようだ。

この世界はきついことをしないと生きていけないからクソ

この世界に生まれると、そうとう上級国民にならない限りは毎日毎日苦労して生活しなければならない。

例えば10代で死ぬほど頑張らないと20代で死ぬほど頑張るはめになるし、20代で死ぬほど頑張らないと30代でもっと死ぬほど頑張らなければならなくなる。

 

しかも頑張らなければならないところで頑張ったところで必ず報われるわけではなく、努力がすべて無駄になってしまうこともあるのがこの世界の常である。

 

こんなきついことをしながら生きて何になるんだと思ってしまうのが反出生主義者の思想なので、反出生主義者はこんなキツイ思いをするとわかっていて子供を作る出生主義者は大バカ者だと言う。

出生主義者は加害者である

反出生主義者は、子供をこの世に生み出すことは、同時に子供に死の宣告をするということだと主張する。

どういうことかとういと、この世に生まれた生物はみないずれ死に至るため、それを誕生させた親は子供に対して「お前を死なせるぞ」と言っているようなものだということだ。

 

実際のところ今の科学力では人間は100%死んでしまうためこの主張はあながち間違っていないと言えるのではないだろうか。

主義の押し付け合いについて

私が反出生主義者と出生主義者の議論を見ていて思うことは、お互い主義の押し付けが激しいなとうこと。

 

反出生主義者の中には、妊婦を盛大にdisったり、子供を作ろうとしているカップルを攻撃したりする過激派がいるし、出生主義者の中にも反出生主義者は生きている価値がないだとか、欠陥品だとほざく連中がいる。

 

こういうのを見ると、なんで主義を人に押し付けているんだと疑問に思うし、本来主張や思想というのは人に強制するものではないと誰も気づかないのが本当に残念で仕方ない。

 

私は反出生主義者か出生主義者かと問われればどちらでもないと答えるが、必ずどちらか選べと言われれば反出生主義者と答える程度の思想だが、両者の主張を聞いているとやっぱり完全な出生主義者あるいは完全な反出生主義者になってしまうとすごく思想に縛られて生きることになりそうなのでそれは嫌だと思ってしまう。